生前葬に出席する 3

◆先生の挨拶が終わり、料理が運ばれ、
同じテーブルに座った人たちとのぎこちない会話が始まる。
私のテーブルは、いずれも先生の教え子たち。
「入塾テストに、筆記と面接があった」
「平均80点を取れといわれたよね」
「勉強も教えてもらったけど、中原中也を教えてくれたのは先生」
「私は太宰だった」
と、話が始まる。
先生は各テーブルを回り、一人一人と話しこんでいる。
やがて、このテーブルにも来るのだろうと思う。


◆隣に座った1年下の女性が、
「お花代」を持ってきたか?とたずねてきた。
彼女は、「お金は受け取ってくださらないだろうと思って
品物を持ってきたが、受付で受け取ってもらえなかった」
という。先生の強い意思で、品物・金品ともに固辞されたようだ。
やはりそうだったかと思う。
今回の招待を受けた時に母から、会費制でないのならば
お金か品物を持って行くように強く言われた。
しかし、先生の性格を考えると、受け取るとは思えない。
思い悩んだ末に、結局、金品ともに持たず、
ただ私や娘の近況を伝える写真を数枚持参することにした。


生前葬という、一般的ではないことに直面すると
人は、こっけいなことを考えてしまうものらしい。
会場にあがるエレベーターで、30代の兄弟らしき二人が
「このたびはご愁傷さまで・・・と言った方がいいんだろうか」
「馬鹿、何も言わなくていいよ」
といったやりとりがあった。
他人事ではない、うちの母も「お香典をもっていかなあかんのとちゃう?」
と言い張った。
生きているのに、縁起でもないとたしなめたような状態。
普通の葬儀であれば、
挨拶は「このたびは・・・」であり、
持参すべきは「香典」。
あらたて、「普通」「常識」に乗ることの楽さ加減を思う。