大冒険の日

◆「一人で電車に乗って終点まで行ってみたい」
と、突然娘が言い出したのは2時過ぎ。一人っ子のせいか幼稚さが抜けない娘、電車も塾や学校に通うとき以外は一人で乗ることもない。そんな娘が突然、自分から言い出したことなので、「そりゃぁ、いい。楽しそうじゃない」と夫と二人で諸手をあげて賛成。乗りたい路線を娘が決めて、終点から行けるところをピックアップ。最終的に目的地は江ノ島に。行きと帰りの路線を変えて、乗換駅を書いたメモと夫の携帯、電車賃、私からの軍資金600円を持ち、娘が出発したのが午後3時。


◆「いざとなったら江ノ島まで迎えに行きましょう」と言いながら夫とドキドキしながら娘の電話を待つ。乗り換え駅からの娘の電話報告をはさんで1時間ほどで目的地江ノ島。帰りの駅に行ったものの、やっぱり海が見たいと、駅から引き返し、江ノ島に着いた娘から「お母さん、聞こえる?海の音だよ」と電話。そこから折り返し、娘が家についたのが6時。約3時間の大冒険。無事に帰ってきて(当たり前だけど)夫と二人でホッとしたことは言うまでもない。帰ってきた娘はなんだか少し自信あり気。今日の行程を地図で確認しながら、「明日は一人で学校に行くから」とまで言う。あらら、親離れされてしまったかしら。ショック。


◆初めて一人で、交通機関を乗り継いでどこかに行くというのは、誰にとってもドキドキするもの。私にとっての大冒険は、70年に開催されていた万国博覧会に一人で行ったときの事。小学生だった私の行動範囲は、歩いていけるご近所の遊び場まで。一人で電車に乗るのも、一人でどこかに出かけるのも初めて。ちょうど万博の最終日で残ったチケットが1枚あるので行ってらっしゃいと言われて出かけた。


◆今も強烈に印象に残っているのは、混雑する人並みを逃れて何気なく入ったキリスト教館のこと。すり鉢状になった会場の真ん中にパイプオルガンがあり、その日最後の(つまり万博開催期間中で最後の)演奏が始まるところだった。すり鉢上になった階段に腰かけているとパイプオルガンの演奏が始まった。曲目は覚えていないがバッハだった。初めて聞くパイプオルガンの音に体が震える思いがした。目を閉じて聞いているうちに体から心が離れて螺旋状に上へ上へと上っていくようなそんな気がした。もう30年以上も前のことだけれど、そのときに感じた螺旋は、今もしっかり覚えている。


◆初の大冒険をした娘。30年後にどのような記憶とともに今日の日は残るのだろうか。